· 

福島第一原発の貯まり続ける汚染水は、海洋放出するしか方法はないのか? 置き去りにされた陸上保管案 満田夏花

福島第一原発の貯まり続ける汚染水は、海洋放出するしか方法はないのか?

置き去りにされた陸上保管案

満田夏花

(国際環境NGO FoE Japan理事、事務局長。原子力市民委員会座長代理)

2020/03/30

 2020年2月10日、東京電力福島第一原子力発電所で増え続ける、ALPS(多核種除去設備)で処理した放射性物質を含む水の取り扱いについて検討を行っていた「多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会」(ALPS小委員会)が報告書を発表した。

 報告書は、放射性物質を含む水(以下、処理水)を海洋や大気へ放出することが現実的な選択肢だとし、さらに「放出設備の取扱いの容易さ、モニタリングのあり方も含めて、海洋放出の方が確実に実施できる」と強調している。2022年夏にはタンクが満杯になる見込みで、政府は準備期間を2年とみて、地元の意見をきいた上で2020年の夏までに判断するとしている。

 しかし、処理水の取り扱いについては、十分現実的な陸上に大型タンクを建設し保管する「大型タンク貯留案」や「モルタル固化案」が提案されているのにもかかわらず、それらはALPS小委員会ではほとんど検討されないまま、報告書は公開された。

福島第一原発のタンク群(2013年11月撮影)

約860兆ベクレルのトリチウムが放出される

 福島第一原発のサイトでは、燃料デブリの冷却水と原子炉建屋およびタービン建屋内に流入した地下水が混ざり合うことで発生した汚染水をALPSで処理し、タンクに貯蔵している(図1)。タンクはすでに979基で、貯蔵されている処理水は119万㎥以上となった(20年3月12日現在)。

 貯蔵されている処理水に含まれるトリチウムの総量は推定860兆ベクレル。これは事故の前の年の2010年に福島第一原発から海洋に放出されていたトリチウム(約2.2兆ベクレル)の約390倍である。原子力施設の年間の排出目標値は施設ごとに定められており、事故前の福島第一原発の場合、年間22兆ベクレル。仮にこの目標値を守るとすると、860兆ベクレルのトリチウムを放出するためには数十年かかることになる。

 経済産業省は、トリチウムは世界各地の原発で海洋放出されていることを強調し、トリチウムの健康への影響はほとんどない、という趣旨の説明を繰り返している。

 確かにトリチウムは各地の原発や再処理施設から大量に放出されている。しかし、トリチウムの健康への影響は専門家の間でも意見が分かれている。トリチウムが有機化合物を構成する水素と置き換わり、それが細胞に取り込まれた場合、食物連鎖の中で濃縮が生じうること、またトリチウムが人体を構成する水素と置き換わったときには、近隣の細胞に影響を与えること、トリチウムがDNAを構成する水素と置き換わった場合、DNAが破損する影響などが起こりうることなどが指摘されている。

ヨウ素129、ルテニウム106、ストロンチウム90などが基準値超え

 また、貯蔵されている処理水の約7割で、トリチウム以外の62の放射性核種の濃度が総合的に勘案すると排出基準を上回っており、最大2万倍となっている 。基準値超えしているのは、ヨウ素129、ルテニウム106、ストロンチウム90などだ。東京電力(以下、東電)は海洋放出する場合は二次処理を行い、これらの放射性核種も基準値以下にするとしている。

 しかし、こういったトリチウム以外の核種が基準値超えしていることが明らかになったのは、共同通信などメディアのスクープによるものだ。それまで東電がALPS小委員会に提出していた資料では、他の核種はALPSにより除去できていることになっていたのだ。このことが引き起こした東電への不信感は大きい。

44人中42人が海洋放出に反対

 経済産業省は、この処理水の処分に関する説明・公聴会を2018年8月30日、31日に福島県の富岡町、郡山市、東京都千代田区で開催した。

3会場で実施された公聴会では、意見陳述人44人中、42人が明確に海洋放出に反対。とりわけ、福島県漁連の野崎哲会長や新地町に住む小野春雄さんなど漁業関係者が切々と、いままで少しずつ回復させてきた漁業に壊滅的な影響が出ることを訴えた。また、多くの人がトリチウムの危険性を指摘し、タンクで長期陸上保管すべきと述べた。

 公聴会終了後、経産省のALPS小委員会の山本一良委員長は、「代替案に『陸上保管案』も加える」と発言。しかし、実際には、陸上保管案をめぐる議論はほとんどなされなかった。

大型タンク貯留案

 陸上保管案については、プラント技術者も多く参加する民間のシンクタンク「原子力市民委員会」が、「大型タンク貯留案」、「モルタル固化案」を提案し、経済産業省に提出した 。

 このうち、「大型タンク貯留案」は、ドーム型屋根、水封ベント付きの10万㎥の大型タンクを建設する案だ。建設場所としては、福島第一原発の敷地内の7・8号機建設予定地、土捨て場、敷地後背地等から、地元の了解を得て選択することを提案。800m×800mの敷地に20基のタンクを建設し、既存タンク敷地も順次大型に置き換えることで、新たに発生する汚染水約48年分の貯留が可能になる(図2)。

1

 


東電は大型タンク貯留に関して、「敷地利用効率は標準タンクと大差ない」「雨水混入の可能性がある」「破損した場合の漏えい量大」といった点をデメリットとして挙げた。これに対する質疑や議論はALPS小委員会では行われていない。それにもかかわらず、ALPS小委員会の報告書には、この東電の説明がそのまま使われている。

 大型タンクは、石油備蓄などに使われており、多くの実績を持つことは周知の事実だ。また、ドーム型を採用すれば、 雨水混入の心配はない。大型タンクの提案には、防液堤の設置も含まれている。

 もう一つの「モルタル固化案」とはどういうものだろうか。

 元プラント技術者で、この案のとりまとめ作業を行った前述の原子力市民委員会の川井康郎氏は以下のように説明する。

「モルタル固化案は、アメリカのサバンナリバー核施設の汚染水処分でも用いられた手法で、汚染水をセメントと砂でモルタル化し、半地下の状態で処分するというもの。利点としては、放射性物質の海洋流出リスクを半永久的に遮断できることです。ただし、セメントや砂を混ぜるため、容積効率は約4分の1となります。それでも800m×800mの敷地があれば、約18年分の汚染水をモルタル化して保管できます」(川井氏)。

敷地は本当に足りないのか

 敷地をめぐる議論も、中途半端なままだ。ALPS小委員会では委員から、「福島第一原発の敷地の利用状況をみると、現在あるタンク容量と同程度のタンクを土捨て場となっている敷地の北側に設置できるのではないか」「敷地が足りないのであれば、福島第一原発の敷地を拡張すればよいのではないか」といった意見が出された。

 前述の原子力市民委員会は、敷地の北側の土捨て場に大型タンクを設置することができれば、今後、約48年分の水をためることができると試算している。

 問題は、現在土捨て場にためられている土を運び出すことが可能かどうかだが、東電はこの土の汚染状況を「数Bq/kg~数千Bq/kg(セシウム137で最大2200Bq/kg)」と説明している。これは現在、福島各地の仮置き場にためられている土と同レベルであり、土捨て場から動かせないレベルではない。

 タンクを設置する敷地の拡大の可能性については、経済産業省は地元への理解を得るのが難しいとしている。

これに対して、本年1月22日、衆議院議員会館で開催された処理水の処分をめぐる集会にて、大熊町町議の木幡ますみさんは、「大熊町民で『汚染水を流すぐらいだったら自分の土地を使って置いておけばいい』という声が非常に多い」と発言した。

 もちろん、地元への説明・理解は不可欠であるが、その努力をまったくせずに、「敷地拡大は困難」という結論を出すことは時期尚早だろう。

 なお、東電が示している敷地利用計画は、使用済核燃料や燃料デブリの一時保管施設(8万1,000㎡)、資機材保管・モックアップ施設に加え、研究施設など、本当に敷地内に必要なのかよくわからないものも含まれている。また、使用済み核燃料取り出しの計画はつい最近最大5年程度先送りすることが発表されたばかりで、燃料デブリの取り出しについても、処分方法も決まっておらず、このままのスケジュールで取り出すことは現実的ではない。

「放出ありき」に反発強める漁業者

 

地元の漁業者は「放出ありき」の議論に、反発を強めている。

漁業者を何だと思っているんだ、と思う。復興に向けて、せっかくここまできたのに、万が一のことがあったら漁業は壊滅的となる。漁業者や買受人、加工業者等の水産業者が廃業、転業などで去っていくことになりかねない」。小名浜機船底曳網漁業協同組合理事の柳内孝之さんはこう語る。福島県漁連の野崎哲会長も繰り返し反対の意思表示をしている。また、茨城沿海地区漁業協同組合連合会も2020年2月、汚染水を海に放出しないように求める要請を行った。これを受けて、茨城県の大井川和彦知事は、「海洋放出が有利」だとする有識者会議報告書の説明に訪れた内閣府担当者に対して「白紙の段階で検討し直してほしい」と述べている。

 

 朝日新聞および福島放送が2月下旬に行った世論調査によれば、福島県の有権者のうち、処理水を薄めて海に流すことに57%が「反対」と答えた。また、福島県の地元紙である福島民報は、「本県沖や本県上空が最初、あるいは本県のみが実施場所とされるのは、さらなる風評につながり、絶対に許されず、認められない」(19年12月27日)としている。飯舘村村民で、元酪農家の長谷川健一さんは、「安全だと言うのならば、東京湾に流すべき」と発言している。しかし、東京湾に流すとなれば、東京の漁業者は反対の声を上げるだろう。

◆◆◆

 私は、福島県いわき市の小名浜港や新地町の漁港を訪問し、この件に関して、漁業者の方々からのお話を聞くことができた。彼らの抱いている危機感は強い。共通しているのは、原発事故による打撃からようやく立ち直ろうとしてる最中、これ以上、放射性物質を海に流されてしまうことへの拒否感、長期にわたる影響への不安、たびたび反対の声をあげているのにもかかわらず、その声が聞かれないことへの怒りと不信だ。

 

 「東京で消費する電気をつくるための原発が事故をおこし、それによって漁業がいためつけられている。汚染水が安全だというのならば、東京で流せばよい」。そういう声もあった。さらに「これは漁業者たちだけの問題ではない。日本全体の問題だ」という声も聞かれた。

 こうした漁業者の切実な想いを私たちは真剣に受け止めるべきではないか。経済産業省は、「地元関係者の意見を聞く」としているが、前述の公聴会のときに漁業者を含む多くの人たちが海洋放出反対に反対し陸上保管を訴えたのにもかかわらず、結局は無視してしまったのではないか。

時間切れ」でなし崩し的に、処理水の海洋放出に踏み切るべきではない。これは、漁業に大きな打撃を与え、漁業者の希望をくじくことになる。また、国際的な信頼も失うだろう。将来に大きな禍根を残す。

 放射性物質は集中管理が原則である。大型タンクによる陸上保管案、モルタル固化案、敷地拡張案などを早急に検討すべきである。

 

 

2